atelier hippoが見つめる未来 村口勇太さん
森の声をきく #13

1|なぜ、いま山なのか──札幌で暮らす建築士夫妻の“揺らぎ”
札幌の南区に、ひとつ山の話が舞いこんできた。
二ヘクタールほどの山林。周囲まで含めれば二十ヘクタールのまとまりがあり、都市近郊としては悪くないスケールだ。
けれど、夫婦は迷っていた。
「買うのか? 暮らすのか? 本当にやっていけるのか?」
村口勇太さんと奥様は、二人で設計事務所 atelier hippo を営む。
山を買うという選択は、「家族のこれから」をまるごと変える可能性を秘めている。
住宅地として見れば妥当とも言える価格だが、山の価値として眺めると、どうしても“都市のプレミア”が乗っているように感じられる。
現地を訪れた妻は「山だ!」と胸が高鳴ったものの、歩いてみると「想像より狭い」という感覚もあった。
今の二人にとって、山は“ロマン”にも“現実”にもなる存在だ。
それだけに、判断は簡単ではなかった。
2|埼玉から札幌へ。 “地面とつながる暮らし”を求めて
奥様は、大学で建築史を専門に学んだ方だ。
そんな彼女が狩猟免許を取り、鉄砲を持つようになって三年目になる。
埼玉から札幌に移り住んだ彼女が最初に口にしたのは、
せっかく北海道で暮らすなら、山と仲良くなれる生き方をしたい
という素朴な願いだった。
札幌は都市である。
けれど、整いすぎた街並みの中にいると、ふと「自分がどこにいるのかわからなくなる」瞬間がある。
土地の匂い、季節の移り変わり、地面の起伏──
そうしたものが、コンクリートに覆われてしまうからだ。
「もっと地面とつながっていたい」という感覚が、狩猟の入口になった。
北海道は本州とは異なる歴史を持つ。
オホーツク文化やアイヌ文化など、狩猟・採取の営みが深く息づいてきた土地だ。
その延長線上に “いま” の北海道がある。
ある日、妻に勧められて村口さんは 里山カレッジ の門を叩いた。
伐る音、土の匂い、斜面を流れる光。
建築士として触れてきた“素材”とは別次元の情報が体に入り込んできた。
“地面とつながる感覚”が、二人の共通言語になっていった。
3|建築×山 atelier hippoが目指す“営み”
村口さんは一級建築士だ。やるなら『建築×山』と事業化したい。
建築士の仕事は、“形”と“素材”を決めることだと思っているんです
しかし今の建築材料は、カタログを開けば瞬時に選べてしまう。
木調シートの精度は驚くほど高く、プロですら“本物と見分けがつかない”場面がある。
ただ、無限に複製できるシートには、木が生きてきた時間が刻まれない。
だから村口さんは言う。
木なら木であれ、と
節も、ばらつきも、まっすぐでない年輪も──
すべてがその木が生きてきた証だ。
atelier hippoはスケールを追わず、
二人でできる量の仕事を丁寧に扱うことを大切にしてきた。
「あなたたちに頼みたい」と言われる方向へ、自然と舵が切られていった。
山を持てば、建築の素材に“物語”が宿る。
玄関の壁の一部だけでも、
「この木は札幌の○○さんの山で、こういう人が伐ったんです」
そう伝えられたら、家の時間は一気に息づき始める。
素材は、物語になる。
設計とは、営みを編むことなのかもしれない。

4|札幌で“山を購入”するということ ──森の世界観を、建築の価値へ
札幌市には、民有林間伐の独自制度がある。
自伐型林業は、山を所有しなくても施業ができる。
人の山へ入り、整備し、対価を得ることもできる。
しかし、村口さん夫妻にとって「山を持つ」という選択は、
単なる林業収益の話ではない。
建築事務所として、
素材と空間と暮らしを地続きでつくっていくためには、
自分たちの手で森を整え、その変化を歳月ごと引き受け、
時には人を案内することにこそ意味がある──
と筆者には映る。
土地への敬意、光の入り方、年輪の癖。
営みに直接触れ続けることで、
カタログには存在しない“世界観”が建築にもたらされるように思える。
「誰かの山を整備する」では届かない領域がある。
自ら所有し、手入れし、時間をともに育てることでしか
生まれない価値が建築にもあるのではないか──
と筆者は感じている。
山を持つことは、
atelier hippoが “森の世界観を形にする建築事務所” へと進化する転換点になる──
筆者にはそう思えてならない。
だからこそ、本当は所有してほしい。
彼ら自身の森から生まれる建築は、きっと唯一無二の価値を宿すはずだ──
筆者はそう信じている。
しかし現実には、取得費用が重くのしかかる。
どれだけ施業を工夫しても、一般的な林業収入や木材加工では相殺しきれない価格帯。
制度の恩恵があっても、所有への最後のハードルはなお高い。
ほんの少し、この負担が軽くなるだけで、
山と建築を往復しながら世界をつくる若いプレーヤーが生まれる。
札幌の森にとっても、それは確かな価値になるだろう。

5|「どこから来た木なのか」を取り戻す ──二人が歩み始めた、新しい建築の風景
ナチュラルテイストの家が増える一方で、
材料の多くは海外で加工された木だったりする。
“自然素材の家”と謳いながら、
実際には出自が不明──そんな矛盾もある。
二人が目指したいのは、そのモヤモヤを静かにほどく建築だ。
すべてを国産材にする必要はない。
ただ家のどこか一部分でも、
「この木は、この山で、この人が伐った」
とわかれば、家に流れる時間は大きく変わる。
素材に“出自”を取り戻すこと。
そこに、建築と山と暮らしを重ね合わせる意味が生まれる。
札幌は、都市でありながら山が近く、
山でありながら都市が近いため、制限も多い。
その街で「山を買うべきか?」と迷う二人の姿は、
この土地の未来を象徴しているようにも見える。
まだ答えは出ていない。
けれど、迷いながら歩くその姿こそが、
新しい建築の風景なのかもしれない。
建築と山。
二つの距離感を行き来しながら、
atelier hippo の物語は、いま静かに芽吹こうとしている。
構成/取材/撮影/編集
澤田 健人(副代表理事)
制作
合同会社HIKOBAYU
Director / Filmmaker / Writer
助成
休眠預金等活用事業「地域山林の未来を担う林業者サポート事業」