3%を手放さなかった人たち ── 京大卒研究者夫妻が選んだ、半林半Xという生き方

2026年5月6日

🌲 森の声をきく #16

研究をやめるためではなく、続けるために

研究者には「研究時間」がある。
けれど、そのすべてを
本当にやりたい研究に使えるわけではない。
論文、申請書、評価、競争。
目先の成果を求められる研究に、多くの時間が割かれていく。
そこには、研究者としてのジレンマがあったという。

一般的な職業としての研究者が、
目先の成果にとらわれず、
結果が出るか分からない課題にじっくり取り組める時間は、
実際にはごくわずかなんです

寺木悠人さんは、それを
「3%」と呼んでいた。

3%の中にある大切なもの

3%は、少ない。
けれどその中には、研究者として人生を賭けて
本当にやりたいことが詰まっている。
だから、3%だけで満足するつもりはなかった。
もっと研究の時間を確保できる生き方を、 自分たちで探した。

紙とペンがあれば、研究はできる

実験や観測が必要な分野では、
それは簡単なことではない。
けれど、悠人さんは理論屋だった。

実験や観測の分野では難しいけど、
僕は幸い理論屋なのでお金はいらない。
紙とペンと、時間があれば研究ができる

必要だったのは、
設備ではなく、時間と静けさだった。
そうして二人は、北海道へ来た。

沼田町へ──研究と林業を並べる暮らし

研究を捨てるためではない。
研究を本当の意味で取り戻すために。
二人は、北海道・沼田町で
地域おこし協力隊としての暮らしを始めた。
そこで出会ったのが、自伐型林業だった。
協力隊時代、
当会が主催する自伐型林業研修(手稲会場)を
夫婦で全回受講
林業を「興味」ではなく、
暮らしとして引き受ける準備を、
実地で重ねていった。
現在は、個人の山林だけでなく、
町有林の管理にも、二人で現場に入り関わっている。

それぞれの研究、それぞれのフィールド

悠人さんにとって林業は、
研究を犠牲にするための仕事ではない。
評価のための論文を書き続けなくても
生きていける構造をつくり、
自分の好きな研究に、研究時間のすべてを振り向けるための営みでもある。

一方、佳奈さんは農学系の研究者だ。
これまでは、アフリカをフィールドに研究を続けてきた。
子育てのタイミングもあり、
研究のフィールドを海外から日本へ。
北海道の森は、佳奈さんにとって
研究の延長線上にある場所だった。

現場と研究、そのあいだで

佳奈さんは、農学系研究者としての視点から、
間伐の有無による森林の変化や、
施業と森の状態の関係について、
もっと科学的に検証していきたいと考えている。
一方で、森林管理の現場では、
十分な予算や調査時間を確保することは簡単ではない。
制度上、調査は専門機関が担う前提で
設計されている場合も多い。
それでも、
現場に入り、森を見て、木を伐り、道をつけながら、
同時に「調査の視点」を持ち続けられる人材は、決して多くない。
学術的な訓練と、現場での実践。
その両方を引き受けている存在は、やはり希少だ。

いま、取り組んでいる事業のこと

現在、二人は林業に加えて、
いくつかの事業にも力を注いでいる。
そのひとつが、メープルシロップづくりだ。

原料となるのは、
カナダで一般的なサトウカエデではなく、
北海道の森に自生するイタヤカエデ
イタヤカエデは、採取できる量も多くはない。
春の短い期間、
一本一本の木と向き合い、
地道に樹液を集めるところから、この仕事は始まる。

煮詰める工程では、
温度管理を誤るとオリが出やすく、
風味も崩れてしまう。
だからこそ、最後まで気を抜くことはできない。
そうして丁寧に仕上げられたシロップは、
甘さが前に出すぎず、
余韻が静かに残る、さっぱりとした味わいになる。

北海道の森で、
時間と手間を惜しまずにつくられるこのシロップは、
北海道の森の結晶として、確かに記憶に残る味だ。

(メープルシロップの様子)
https://www.instagram.com/maplesyrup_snow/

半林半Xで築き上げた理想の暮らし

林業というもう一つの柱を持ち、
評価や成果から自由になり、
研究時間そのものを、
自分の好きな研究に振り向けられる生き方をつくった。
いま悠人さんは、
3%を優に超える時間と情熱を、
自身の人生の柱である研究に使っている。
だから、この生き方を勧められると考えている。
研究者に。
アーティストに。
時間と自由を必要とする、すべての人に。


寺木 佳奈(てらき・かな)/寺木 悠人(てらき・ゆうと)

京都大学、大阪大学でそれぞれ博士号を取得。
研究員や教員を経験したのち、大学を飛び出す。
北海道・沼田町で地域おこし協力隊となり、林業の修行を行う。
協力隊卒隊後、
合同会社 木もく連(もくもくれん) を設立。
林業と研究を並行する
「半林半X」の暮らしを実践している。

構成/取材/撮影/編集
澤田 健人(副代表理事)

制作
合同会社HIKOBAYU
Director / Filmmaker / Writer

助成
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