森の声を聞く #04

炭問屋の跡に立つアトリエで
冨山さんのアトリエは、かつて先祖が製炭業を営んでいた冨山商店の店舗。
炭焼きで栄えた時代、そして石油へのエネルギー転換によって産業が変わり、
役割を終えたこの建物は、いま冨山さんの“表現の拠点”として静かに息をしている。



炭の歴史とアート。
森と制作。
過去と現在がゆっくりと重なり合うような空気が、この空間には流れていた。
「祖先の営みの延長線上に自分の今がある。その実感が今強いんです」
冨山さんはそう言う。
アートと森づくりが全く別ジャンルではなく、
時間を扱うという点で同じ営みなのだとすぐにわかる。
01|アーティストであり、林業者であり、父であるという現在地
冨山さんが自伐型林業を始めて6年。
山仕事、アート、そして子育て。その三つに時間を分けている。
季節ごとにリズムとして“山の仕事”が確かに根づいた。
「自伐をやってよかった、という実感しかないですね。」
単なる“仕事”ではなく、自分の在り方そのものを問う、もう一つの大きなテーマになった。」
技術も経験も積み上がり、薪の配達など現実的なオペレーションも自分なりに組み立てられるようになった。
昨年子どもが生まれ、アート・林業・子育てという三つの軸を日々バランスしながら過ごしている。
華やかに語られる“アート”の世界とは対照的に、
山仕事がライフワークに組み込まれる。そして子育ても。
どれも、冨山さんにとっては同じ一本の線としてつながっている。

02|“恒続林”という結論へと向かう森づくりの思想
北海道の森林は、炭焼きの歴史、伐り尽くされた時代、そして今の二次林へとつながる。
その時間の流れを理解すればするほど、冨山さんの目は「恒続林」へと向かった。
「森を一度失うと、次の循環まで何もできなくなるんです。
その間の損失があまりに大きい。
だからこそ“残しながら使う”という恒続林(※)1の考え方に行き着くんだと思います。」
学術的な概念としての“恒続林”と、実践の中から立ち上がってくる思想としての“恒続林”。
両者は別物だが、森を長く扱っている人ほど自然にこの結論へと収れんしていく。
「言葉は違っても、みんなこの方向を目指している気がするんですよね。」
150年スパンで森を考える。
それは短期の収益では測れない、壮大な“時間設計”の思想だ。

- 恒続林思想:1922年にドイツの林学者アルフレート・メーラーが提唱した森林づくりの考え方。森林を多様な生物からなる有機体を見なし、自然の摂理に合わせた森林への働きかけを行いながら木材生産を目指す。基本的に間伐・択伐による多樹種による高蓄積な混交林を目指し、維持する林業。皆伐および再造林を前提としたのは「法正林思想」
↩︎
03|森は“美しいから壊せない”:アートの眼がつくる新しい価値
恒続林(こうぞくりん)とは、森を一度に伐らず、
少しずつ手入れしながら長く使い続ける管理方法のことです。
大きい木を少し伐って光を入れると、
その光で次の世代の木が自然に育ち、
森が自分で若返っていきます。
森を壊さず、土壌も守り、生き物の多様性も維持できます。
自伐型林業が恒続林に向いている理由は、
・小規模の伐採をこまめに続けるスタイル
・細い作業道で、森のダメージを最小限にする技術
・森を長く見続ける担い手が地域に残ること
これらが、すべて恒続林の考え方と一致しているからです。
冨山さんの話の随所に、アーティストならではの視点が現れる。
森を“美しい状態”にしていくと、人は壊しにくくなると思うんです。保存の動機には、機能だけでなく、情緒や美意識が確かに作用する。
森を作品として扱うのではなく、
森そのものが価値の核になる状態をつくりたい。
そこには、単なる観念ではなく
“森づくりとしてのアートの領域” がある。
美しい森は、結果として壊れにくい。壊されにくい
それは、線形が美しい道が崩れにくいのと同じで、
森につける道の美しさは合理性と耐久性にも直結する。
北海道の二次林の歴史的背景には、炭焼きや人工林政策、そして過去の乱伐があり、そうした影響をによって森は本来の“戻るべき流れ”から少し歪んでいるという。
自然遷移の方向を、ほんの少し自然側へ押し戻す。150年の基礎づくりですね。
この長い視座こそ、アートと林業が交差する地点にある。

そんな冨山さんが森の中で受け取っているものは、
技術や理論だけではない。
むしろ、言葉にならない“森のレイヤーそのもの”だ。
先人たちの施業の跡、炭焼き窯の痕。
自分が開いた光、未来へ残す木。
それらが時間の中で折りたたまれ、
森に息づくあらゆるレイヤー
- 人が生きた痕跡
- 自然の力学
- 森林のメカニズム
- 季節の呼吸
- 文化の積層
- 地形がつくる必然
- そして “人間とは何か” という哲学的問い
これらが、ゆっくりと冨山さんの中で結び直されていく。
一本の木を伐るときの緊張感。
倒れた瞬間に見える光の線。
木肌の質感、枝の軌跡、風が運ぶ音の透明さ。
斜面が導く空気の流れ、伐採後に生まれる空間の密度。
それらはすべて、森が静かに語りかけてくる
“形のない情報” だ。
森は、一つの巨大な“編集装置”なんです。
人が加えた手も、自然が刻んだ時間も、
どちらも新しい秩序として再配置されていく。
森に潜む数十年・数百年のリズムと、
人の一生が持つ時間感覚が重なったとき、
冨山さんの中で アートと森の境界が溶けていく。
今後の作品には、森と山仕事の中で得た感覚が、きっと自然と入ってくるはずだと語る。
- 森と人の関係性
- 時間の連続性
- 生態系の構造と美しさ
- そして “人間の営みの儚さと尊さ”
森に手を入れると、必ず未来の誰かが受け取る。
その感覚は、作品をつくるときの“責任”と同じなんです。
こうした体験すべてが、
冨山さんの次の作品の“芯”として静かに育っていく。

04|家族史と200ヘクタールの時間軸
先祖はかつて約700haの山林を持っていたが、現在はおよそ200haが残る。
そこにはカラマツ人工林はほとんどなく、天然広葉樹が中心だ。
「皆伐再造林という選択肢もあったはずなのに、あえて選ばなかったのではないかと感じるんです。
意思を持って“残した”ように思えてならない。」
これからは、育成木施業で質を高める。
「家族が怖くないように、安全な道を通しておく。
次の世代がどう関わるかの余白も残したい。」
また澤田が語った「所有していない森は振り回される」という経験に対して、
冨山さんは「借りるにしてもビジョンの共有が重要」と答えた。
所有・借りる・継承。
そのどれもが、“時間を扱う覚悟”を問われるテーマだ。

05|道づくりの哲学:壊れない、美しい、安全であること
冨山さんの道づくりは、経験者が見ても「安心して走れる」とわかる。
基礎は岡橋清隆さんに教わった“壊れない道”の考え方だ。
- 転圧
- 勾配
- 線形
- そして「誰が走るか」
「自分だけじゃなく、家族で作業もするので、妻や父が怖くない道をつくるんです。
最終有効幅は2.5m前後。
カーブや法面の落ち込みを考えて、造成は3.0〜3.5mくらいにした方が良い箇所もある。」
北海道特有の凍結と融解。
土壌の砂質・粘土質の癖。
これを見極めるには時間が必要だ。
「最初から作り込みすぎず、一度季節を跨いで寝かせる判断もします。」
そしてこの言葉が象徴的だ。
「道は使ってなんぼ」
彼の作る道は美しいし、壊れにくさにそのままつながる。
そしてしっかり木材搬出をして活用している。
アートと土木技術の交差点にいる冨山さんならではの視点だ。

06|育成木施業の実際:定量でなく“定性”
広葉樹の施業は定量間伐より、一本一本の“質”を見極める定性判断が重要となる。
「育成木を据えて周囲を退ける。
光、根域、将来形。どれかひとつでも欠けると、せっかく残しても価値が上がらない。」
間伐の“定量”ではなく、
育成木を中心に据えて成長の妨げになるライバル木を間伐し周囲を退けるという考え方。
道が基盤として残れば、
いずれ“収穫=手入れ”の状態に近づく。
いわば、森の回復と収穫が同じ方向を向くやり方だ。
07|怒りと自由、そして希望
冨山さんの語りには、穏やかな美意識だけではない。
時折、「それは違うだろ」という小さな怒りが混じる。
その怒りは、批判ではなく、行動の源だ。
森を太陽光パネルで置き換えるような未来へ抗うエネルギー。
「完璧な正解はない。でも、愛情ある責任で手を動かし続ければ、
未来の誰かが“こういうやり方があった”と受け取ってくれるはずなんです。」
自伐型林業は、自由をつくる。
自分で道を引き、森を読み、その時間に身を置くことは、
ある種の“自治”であり、“表現”でもある。
次の10年、いや北海道の未来の森づくりはどこへ向かうのか。
その問いに対する手がかりが、冨山さんの実践の中に確かにあった。
後編では、
技術・QGIS・制度・広葉樹モデル・薪・共同加工など、
より具体の方法論と北海道モデルの未来を深く掘り下げていく。

企画・公開
NPO法人北海道自伐型林業推進協議会
構成/取材/撮影/編集
澤田 健人(副代表理事)
制作
合同会社HIKOBAYU
Director / Filmmaker / Writer
助成
休眠預金等活用事業「地域山林の未来を担う林業者サポート事業」