森の声を聞く #06
01|はじめに:壊れない道を、静かにひらく人
北海道・十勝。
新しく敷いたばかりの細い作業道が、午前の光を受けて白く光っていた。
仲間と共に「壊れない道」を敷設していた川瀬千尋さん。
重機を降りると、さわやかに笑いながら木立を見上げる。
柔らかい物腰で軽やかに動く一方、
言葉の端々には、静かな闘志と、揺るぎない自己完結の強さがある。
山菜とキノコが好きなんですよ。
だから、“好きなことを続けられる森”であってほしい。
それが、川瀬さんの森づくりの原点だ。

02|自衛官から不動産、そして協力隊へ
山に向かう決意は「予定より早く訪れた」
様似町出身。
自衛官を経て、不動産会社で12年。
その間に家を持ち、子どもが生まれた。
本来なら、キャリアが落ち着いた後に
「いつか山をやりたい」と思っていたが――
いずれは山で何かしたい。
そう思っていたら、想定より早く“行こう”と決めたんです。
池田町の地域おこし協力隊に入り、
そこで自伐型林業を3年間学んだ。
現在は 2つの会社(minotake/川瀬不動産) を経営しつつ、
民泊、特殊伐採、山林売買、放置林活用「Anomori」、
そして 北海道企業の森のコーディネーター としても活動している。
03|森はお荷物なんかじゃない
人が関われる仕組みを商品にする
放置林は、価値がないと言われることが多い。
手も入れられず、木材としての生産性も低いからだ。
しかし川瀬さんは違う。
森を“不要な不動産”にしない。
その代わり、人が関われる仕組みを商品にする。
道がある=人が使える森になる。
その一点に徹底的にフォーカスしたのがAnomoriだ。
- 放置林に壊れない作業道を入れ
- 人が入れる森にして
- 山主へつなぎ、価値を再生する
建物でも家具でもなく、
「森へ入るための最初のインフラ」を商品にもしている。

04|制度は乏しい。
それでも「進む」と決めた理由
北海道の広葉樹林には、
戦後の皆伐後に自然更新した 画一的な二次林(50年生前後)が多いのが現状だ。
高さも太さも揃い、道もない。
まず必要なのは、稼がない投資=道づくり。
今の時代が“もっとも苦しい時期”だ。
確かに今は制度も少なく、戦後林の状況を考えても
林業だけで成り立たせるのはリスクもある。
それでも川瀬さんは、長期的な視点で腹を括っている。
「今は割を食う時代。でも、100年の森に育てば、こちらの番が来る。」
周囲が50年生で止まる森の未来に、
自分たちのスタイルで管理していく森は80〜100年生へなっていく。そして持続していく。
その差は、森の価値そのものになる。
長いスパンで考えるのが得意なんです。
森も不動産も、そういう意味では同じですね。
05|複雑な森に誘導するという選択
「複雑であること」は森の強さになる
今の森は画一的な二次林が多く、
単一性の人工林は病気や気候変動で一網打尽になるリスクもある。
そのため川瀬さんは、
自伐型林業で択伐を重ねて複雑な森へ誘導する。
樹高、太さ、光の入り方、樹種。
“違い”が積み重なることで、森は強くなる。
複雑であるほど、森はしなやかになる。
自分たちが手を入れた森は、100年後に本当の価値を残しているはずです。
06|“しっかりと考えた上で林業をするならそれでいい”という思想
川瀬さんは言う。
最後は、自分の森を一番知っている人がプロでいい。
原理原則(壊れない道/安全な伐倒/育成木施業)は押さえつつ、
そこから先は、森と対話しながら判断する。
柔軟で、しかし甘くない。
そのバランス感覚が川瀬さんらしい。
07|プレイヤーが増えるために
「ゼロか100か」ではなく、小さな参入を肯定する
1haからでもいいんです。
自分の薪を切り出すだけでも立派な自伐型林業ですよ。
自伐は大規模である必要はない。
むしろ、小さく分散するほうが北海道に合っている。
副業で始めて、森が成熟してから次の世代が専業でもいい。
段階的でいいんです。
その柔らかな思想が、
北海道にプレイヤーを増やす土台になる。
08|長い目でみること
“今”だけではなく、その先を見て動ける人
仕事は多岐にわたる。
だが、軽やかに回しているように見えるのは、
彼が 短期と長期の両方で物事を考えられる稀有なタイプ だからだ。
長いスパンで考えるのが好きで、
それがそのまま森づくりに合っているんだと思います。
“いま”には巻き込まれない。
しかし“いま”をおろそかにもせず、
その先を見据えて手を動かす。
生き生きと、しなやかで、静かに強い。

09 | 静かに、誰よりも遠くを見ている人
新しく通した道の端で、川瀬さんはふと足を止める。
土を踏みしめ、陽の当たる斜面を見上げる。
そこには、画一的な二次林の森。
しかし彼の目には、100年後の“複雑で美しい森” が確かに映っている。
今はこうした手法への国・道の制度的な支援も現状は乏しく、
森の状況も決してやさしくはない。
それでも川瀬さんは進む。
未来の森で、自分たちの番が来ると知っているから。
淡々と、そして軽やかに。
十勝の風の中で、
川瀬千尋さんは今日も、静かに道をひらいている。

構成/取材/撮影/編集
澤田 健人(副代表理事)
制作
合同会社HIKOBAYU
Director / Filmmaker / Writer
助成
休眠預金等活用事業「地域山林の未来を担う林業者サポート事業」