森の声をきく #05
幕別町で大坂林業を率いる松村幹了さん。
アメリカでランドスケープを学び、帰国後、1997年に十勝の地へ。苗づくりから始まり、薪ストーブ、製材所の承継、そして自伐型林業へと事業を広げてきました。

「人と自然の接点を事業にする」
「うちの根っこは“実業”。ものを生む、人が関わる、技術を継ぐ。この三つをどう絶やさないか、がいつもテーマです。」
苗木生産は土地条件に沿った“決まった需要”に応える事業であり、
地域の製材所が廃業の岐路に立てば譲り受け、製材事業に挑戦
薪で暮らす中で「熱源を自前でつくる」重要性を実感してきた。
農的・林的な文脈を横断しつつ、
地域のエネルギー循環を支える仕組みを整えてきました。

“無関心な山”を動かす
北海道の森林のうち、およそ7割が広葉樹。
かつて薪炭材として使われた山が、今は「価値を生まない森」としてみなされ手が入らないまま残っている。
「広葉樹は自伐に向いている。ただ、季節性があるから造林や下刈りと組み合わせて通年で設計するのが現実的です。」
森林組合だけでは手が届かない領域を、民間が補う。
「無関心な山を、もう一度“人の気配がある森”に戻すこと」
それが松村さんの実践の原点です。
尾根と沢を読む “地形の必然”から生まれた植生

松村さんが案内してくれた、もう一つの現場。
窓から眺めた尾根と沢のラインに沿って木々が並び、
その配置には、
「かつての林業が、地形そのものを読みながら植樹していた」
という痕跡が印象的に残っていました。
一斉造林のように機械的に植えるのではなく、
水の流れ、湿気、陽の入り方、地形の癖を読みながら植える——
その丁寧さが森の健全さをつくっていた。
松村さんは、この“土地の必然性に寄り添うあり方”を
現代にもう一度取り戻したいと言います。
個人所有150ヘクタール

既存の道を活かす、思い入れのある現場 一方で、松村さん自身が所有する150haの森は、 湿地帯に隣接する特別な環境。 将来的にはラムサール条約登録の可能性もある場所です。


もともとブル道が入り、新設せずとも管理が行き届く山で、
長年向き合ってきた“基盤の森”。
その中でも、トドマツとナラが混在するゾーンは特別な場所。
自社のメンバーで間伐を進めた区画では、樹幹の健全度が目に見えて変わったといいます。
「薪は自分たちで出すだけじゃ需要に間に合わないので、他業者から原木を買うこともあります。流通まで含めた“全体設計”が欠かせません。」
大坂林業には「林業でしっかり食べたい」人、「新しい挑戦をしたい」人など多様なメンバーが集い、約10人が自伐に関わっています。
会社としても小規模ながら自伐型林業を業務のひとつに据え、
季節や状況に合わせ社員が柔軟に森へ入っています。

苗づくりの現場から見る自然のリズム
大坂林業の苗づくりは、春と秋の短い期間が勝負。
通年雇用は約23人、最盛期には1日80人が動く大規模な現場になります。
「“手をかけるタイミング”を外さない。山も畑も、人間の段取りが自然のリズムと噛み合うかどうかです。」
カラマツの連作障害を避けるため緑肥を植えて畑を休ませるなど、
自然の流れに合わせながら事業を続けています。

森と獣の距離が変わっていく
松村さんが本州の猟師から聞いた話は、
野生動物との関係を具体的に示していました。
- 鹿が根こそぎ食べる
- 結果、熊の食料が減る
- 熊が山にいられず、人里へ出てくる
「鹿がクマを押し出す」という見立ては、
現場の生態系を知る人だからこその視点です。
「今は、林業も農業も野生動物管理も、同じテーブルで考える時代に入っていると思う。」
「自伐」と「自伐型」 松村さんが大切にしている線引き
松村さんは、制度や資格を語るうえで
“自伐”と“自伐型”を同じ言葉で扱うことに違和感を感じることがある。
自分の山を持って、自分で責任を負って入るのが“自伐”。
契約して管理させてもらうところまで含むのが“自伐型”。
‘所有しているかどうか’という線を曖昧にしたまま制度を動かすのは違和感があります。」
自伐型林業の黎明期、本州から来て指導してくれた多くの講師は、
自ら山を所有し、土地に責任を持って施業していた人たちでした。
松村さんはその姿勢に深い敬意を示します。
ただ、いまは 所有せずに管理契約で入る担い手も増えている
それもまた現場のリアルです。
定義は内側でちゃんと整理した上で、外向きには緩やかにつながればいい。
“内は明確に、外へは広く”。
これは、長く”実業”として森と関わってきた実業家としての松村さんならではの姿勢でした。
制度の壁を超える仲間たちへ
北海道の自伐型林業を実践する仲間は、
「やってのける人」たちが多い。
補助金制度に頼らずとも現場を動かしてきた実績が、
その背骨になっています。
当初『補助に頼らない』という側面もあったけど、
立ち上がりの3年を支える制度なんかは有効です。
協力隊も、そこで技術だったり基盤をつくれればプレイヤーは増える。
“自伐2.0”の時代へ
「小規模だからこそ“数は力”。派生した人たちも含め、緩やかに連なればいい。」
松村さんは、これからの自伐は
定義の整理 × ゆるやかな連帯の両立が必要だと語ります。
そして次の10年へ
澤田:
「この10年、北海道には“やってのける”自伐の新たな実践者の光が点々と灯った。
次の10年は、それを束ねて見える形にし、制度・山の確保・人材育成の三点セットを整える番。」
松村:
「人と自然の接点を事業として育てる。技術と市場と暮らしを、もう一度“近づける”仕事を続けたいです。」
“残すために使う。つくるために守る。”
その往復運動の中に、十勝の森の未来がある。
構成/取材/撮影/編集
澤田 健人(副代表理事)
制作
合同会社HIKOBAYU
Director / Filmmaker / Writer
助成
休眠預金等活用事業「地域山林の未来を担う林業者サポート事業」