積丹グリーン・森田信道さん ― 「食っていける林業」を、自分の手で

2025年12月22日

森の声をきく #02

大手企業を早期退職し、“第二の人生”で山に入った森田さん。 北海道・積丹の地で薪づくりやクラフト、環境教育を通じて、森と地域をつなぐ日々を送っている。

取材の日は、ちょうど薪の玉切り作業の真っ最中だった。 積み上がる丸太の多くは、侵略的外来種とされるニセアカシヤ。 伐り続けるうちに、厄介者に見えていた木にも、森のバランスと向き合う中で“残す判断”が必要になることを知り、やがては愛着すら湧いてきたという。

会社員から林業へ。 なぜ森だったのか その決断の裏にあった思いと、積丹での5年間の歩みを聞いた。

【1】定年のない「自営」としての林業を選ぶ

退職金で買える山、暮らしの延長にある一次産業。
厚真の地震で倒れた木を見たとき、林業の可能性が見えた。

「北海道の山って意外と安いんですよ。退職金の200〜300万円で買える山があって、それなら家族で暮らせるかもしれないと思ったんです。」

目指したのは“理念の林業”ではなく、“暮らしの林業”。
「会社を大きくするとか、自然保護を前面に出すというより、生涯食っていける林業をやりたい。」
自分のやりたいイメージに一番近いと感じた自伐型林業に出会い、大西林業の門を叩いた。
大西潤二(NPO法人北海道自伐型林業推進協議会代表) のもとで実践的な技術を学び始めた。
当会で開催する『里山カレッジ』で技術研修 も受講した。

※森田さんの生き方や転身の背景については、前回のインタビューでも詳しく紹介しています。

【2】自分のための技術を磨く

「胸を張って“林業やってます”とはまだ言えませんが、得意・不得意の物差しはできた気がします。」
森田さんは5年を経てそう語る。
目標は“自分のための技術”を磨くこと。
「誰かのためではなく、自分が生涯やっていける技術でいいと思ってます。」
季節や天候に合わせて働き、ユンボでの道づくりは決まった時期にだけ行う。

「思い出しながら感覚を戻すような仕事なんです。」

【3】地域との関係が育つ森づくり

1年目の積丹では“完全なアウェー”だったが、今では町長や森林課の職員も顔を覚えてくれるようになった。
町議会でも「積丹グリーン」の名が挙がるようになり、地域との信頼が少しずつ育っている。
町の「二十歳の集い記念」の記念品には町の木・山桜を使ったコースターを制作。
ふるさと納税の返礼品として白樺のカトラリーやコースターが採用され、妻も工房での作業を手伝う。

「自然の素材は少し歪んでいるくらいがちょうどいい。図工は苦手でしたが、森の造形には不思議と向いている気がします。」

NHK「ホットもっと北海道」で紹介されたことをきっかけに、地域での認知も広がった。
「森林は公共性のある仕事。学校や行政など、普段会わない人とつながれるのが魅力です。」

【4】 森を教える ― 子どもたちへ伝える間伐の意味

取材の翌日、森田さんは地元の小学校で「森の授業」を行うという。
3・4年生に向け、海・川・森のつながりをテーマに、間伐の意味を伝える授業だ。

「木を切る行為はマイナスに見えがちですが、間伐は他の木や動物を生かすために必要な作業。人が手を入れることが森を守ることなんです。」

最初は“自分が食べていくため”だった林業が、いまは子どもたちや若者に“森の価値”を伝える活動へとも広がっている。

「日本は森林王国なのに、林業が衰退している。リタイア組や若い世代にも、こういう生き方があると伝えたい。」

【5】借りた山から始まり、ついに「山主」へ

林業を始めた当初、森田さんは自分の山を持たず、山を借りて作業を始めた。
いきなり買うのではなく、まずは現場の経験を積み、技術を確かめ、生活のリズムをつかむ時間が必要だと感じたからだ。
借りた山での5年間は、森田さんにとって大きな意味があった。
林業が本当に自分に向いているのか。
家族が納得し、生活として成り立つのか。
そのすべてを確かめるための「助走期間」だった。
そして縁がつながり、ついに同じ積丹町で 20ヘクタールの山を取得した。
借りていた経験があったからこそ、無理のない形で“山主としての一歩”を踏み出すことができた。
今期だけで、森田さんは 約90立米の薪を生産 している。
全自動の薪割り機を使わず、チェンソーと手作業で積み上げた量だ。
その根気と集中力に、働く意思をもったひとりの男の姿を見た。

「費やした時間だけは自慢できるかもしれませんね。」

とだけやさしく笑いながら語る。

【6】孤独とつながり ― 仲間の存在

森田さんが新たに取得した山は19ヘクタール。
「今度は緩い地形ではなく、ほぼ斜面のハードモード」と笑う。
ナラや白樺が残るその山で、作業はすべて自らの手で進めている。

「欲しいもの(やま)にアンテナを立てていると、必要なものは自然と入ってくる気がします。去年は落ち込む時期もあったけど、この仕事は人と話すことで気持ちが変わることもある。孤独な面もある仕事だからこそ、仲間の存在は大きいと感じます。」

【7】中間支援がつなぐ、現場と制度の間

森田さんの話を聞いて強く感じたのは、現場のプレーヤーを支える「中間支援」の存在が、地域の林業を動かす要となることだ。
現場に立つ本人が制度や行政に働きかけてしまうと、どうしても「自分のため」と見られやすい。
だからこそ、第三者の立場で橋渡しをする仕組みが必要になる。

「木材の回収や販売の取りまとめ、ほだ木業者の紹介など、しくみがあれば現場はもっと動きやすい。上から支える仕組みがあると助かると思います。」

また、北海道にはすでに各地に、
「声をかければすぐに動ける実践者」
がすでに点在している。
こうしたキーマンの存在が、行政・企業・個人が動きたいときの“受け皿”となり、地域で自伐型林業が根づいていく確かな芽になっている。
森田さんも、そのひとりだ。
静かに、自分の山を守りながら地域とつながり、結果として行政との接点も育ててきた。
現場と行政、その距離が少しずつ近づき、各地で小さな接点が生まれつつある。

【8】“食っていける林業”という希望

今期は薪で約90立米を生産。
「初期だからこそできた数字。今後はきつくなるかもしれません。」
積丹やニセコ方面にも出荷を続けながら、イベント出展やクラフト制作も行う。
「体はひとつ。肉体労働なので、同じ品質を人に任せるのは難しい。力を入れすぎず、雑にならない範囲でやる。“また次があるさ”という余白が、続けるコツですね。」
夜は10時に就寝。

「体と健康を最優先にして、継続できるリズムをつくる。会社員時代の“やらねば”から、“今できることを丁寧に”に変わりました。ストレスは減りましたが、ストレスへの耐性は下がったかも。でも、それが自然なバランスなんです。」

自分でハンドルを握る人生

最後にこの仕事を人に薦めたいかと尋ねた。

「自然を相手にする仕事は、思い通りにならないことも多い。」
「向き不向きはあると思うけど、自分の生活を自分でハンドルを握りたい人には、この生き方を勧めたいですね。」

自伐型林業は派手ではないが、暮らしと仕事を一体にする誠実な営みだ。
積丹の青い海と緑の森のあいだで、森田さんの言葉は静かに響く。
“食っていける林業” その灯は、今日も森の中で静かに燃え続けている。


企画・公開
NPO法人北海道自伐型林業推進協議会

構成/取材/撮影/編集
澤田 健人(副代表理事)

制作
合同会社HIKOBAYU
Director / Filmmaker / Writer

助成
休眠預金等活用事業「地域山林の未来を担う林業者サポート事業」

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